ぱそ爺の独り言 (その3) |
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| ミニプロジェクトーXの報酬は1250円也? NHKのプロジェクトーXはぱそ爺の好きな番組である。 先人が逆境にありながら不屈の信念と努力でプロジクトを成功に導いてゆく様子が描かれており、よくぞやった!と思うとともに頭が下がる。・・・しかしその結果は何時も認められているが、ぱそ爺も似た経験があるが報酬の1250円以外何も公式には認められなかった。 以下苦いぱそ爺のミニプロジェクトーX 物語を書いてみる。 ぱそ爺は昔 大企業・小規模工場の企画・計画の仕事をしていた。 その工場は主力商品Zの大赤字が続きリストラに継ぐリストラが進められていた・・・ぱそ爺はそれを実行するための設備計画が任務で職場の大合併や自動化を推し進めていたが、商品Zは創業以来の製造方法が主力であったためコストダウンが困難であった。 しかも商品Zの原料は枯渇しはじめ原料高が赤字に拍車をかけて来た。 こんな背景の中、グループ内工場の新プラント半製品が商品Zの原料にならないかと・・・会社を挙げて研究が始まった。 しかしその中心である中央技術研究所の商品Z研究グループは「NO」と判定した・・・新潟でも評価し正規方法では「NO」であるが、常識の範囲外のところに可能性を見つけた・・・が本社、中央研究所は全然相手にして貰いない状態であった。 その原因の一つはこの可能性を実証するためには複数の実プラントでないとサンプルさえ採取できない難しさがあった。 ![]() そこでぱそ爺は考えた・・・新潟工場のプラントを大改造して商品Zを近代方式で製造出来るようにしたいと。・・・ しかし大赤字で大リストラ中の工場に投資してくれる筈はない・・・しからば首を覚悟で予算を誤魔化して徐々に設備を改善して行こうと決め、設備が老朽化して補修となれば自前の設計でもぐり追加工事をし始めた。 現場サイドでは設備は良くなるので文句は出ないが、工場長には1対1でしこたま脅された(意図を理解され黙認)。 そんな時、商品Z関係の学会会議があり、出席したY課長がライバル会社が新プラントからの半製品で優秀な商品Zを開発したとの情報を持ち込んだ。 赤字とは言え、日本の「商品Zシヤー」の40%を握る当社としては指をくわえている訳にはいかず・・・遅ればせながらやっと組織的な開発が開始され出したが、ぱそ爺の製造法には誰もが疑問視していた。 それには理由がある・・・商品Zは80年も続く製品でこの製品だけで数人の博士が誕生しているほど研究が行われてきた。・・・したがって商品Zの原料性状には固定した概念が常識化していたので、ぱそ爺の方法は逆で論外と思われていたらしい。 本社や中央研究所が認めるためには、実証するしか道がないので、無理して改造したプラントを連結して新商品Zの実用サンプルをつくり実用試を開始した。・・・なにしろ20年間も連続運転する製品のためその評価実用試験は長時間要した。 そして3年後にようやく最高品質の「新商品Z」が誕生した。 製造法もこれまでのバッチ方式から近代的な連続製造装置を開発したので、やっと赤字を脱却出来る目安がついた。 また、品質でも非常に安定した製造法になった。 苦難の末ようやくここまできたところでぱそ爺は60歳の定年になり、あっさり会社にオサラバした。 定年になってもこの業績に対しては名前だけでも残してくれると思っていたら、この開発の褒章は全て、後から参加した輩の名前に変わり一言の挨拶もない。したがってぱそには最初の特許申請時に頂いた1250円のみである。 大企業の非情さやずる賢い輩を寂しいと痛感すると共に、首をかけ、命をかけて会社に尽したぱそ爺が滑稽に見えてくる。 それ以来会社のOB会などに参加する気にはなれない。 |