天一天上の男 AQS
2003.7.作成
“昔の話をするのは老人になった証拠、みっともないから止しなさい! ” とウチの奥方さまにしょっちゅう言われておりますので何ですが・・・・・。(悪文にて意味不明確、乱文を多謝!)
たぶん昭和16年ころだったと思いますが、学校から帰宅すると男二人(私には映画かなんかに出てくる極悪人に見えました)が待っていたのです。
二人はJ警察署の刑事だと名乗りました。そして有無を言わせずに私をJ警察署に連行したのです。
そして、今日は忙しいから取調べは明日だと言って、俗に言うブタ箱に入れられたのです。
私には逮捕?の理由は分かっていたのですが、やはり大いに驚きかつ不安にさい悩まされました。
『ニホンノミナサン コンバンハ、コチラハ モスクワ放送局デス』で始まる放送を、私は聴いていたのです。
この放送で言う戦況・戦果と、大本営平手大佐の発表との違いにオヤ?とは思いましたが、私にはこれが謀略放送だなと、歯牙にもかけない軍国少年だったのです。
私には放送の中身なんかどうでも良くて、よく聞こえれば良かったのです。つまり良く聞こえるラジオの製作が楽しかったのです。
戦争中です、当時は当然のこととして、外国の放送を聞くことが禁止されていたのです。外国の放送を聞けるラジオを持つことも禁止されていたようです。
私の学校では、秘密に短波受信機を作る者が何人かいたようでした。私は昔からの物好きですから、当然のようにラジオ作りに熱中しておりました。
最初は真空管1本だけのものから始めて2球1V1式、3球3V1式とかレフレックス方式とか高周波2段増幅とかいろいろ多数で、お小遣いは殆どこの為に消えました。
丁度捕まったときは5球スーパーヘテロダインの完成した翌日だったのです。
勿論ラジオは没収されました……が、後で米国製の立派なオールウエーブつきで返還されました。
さて、翌日から取り調べが開始されました。最初にお前の名前を言ったTとS以外の友達でラジオ作りをしている者の名前を書き出せとのことでした。
私は知りませんと言い白状しませんでした。
そこに立っていろと言われましたが、丁度部屋の入り口でした、そして刑事たちが出入りする毎に顔を殴って通るんです。あっと言う間に顔は腫れ上がってぼこぼです。
昼食も夕食も出ませんでしたが、若し出ていたとしても口内傷だらけで、とても食べられる状況ではありませんでした。
夕方になって、“お前は国家総動員法違反だから監獄行き” になるかも知れない、もう一晩よく考えろと言って又ブタ箱入りです。
翌朝、何がどうしたのか分かりませんが、刑事の態度がどうも優しい感じで変なんです。
そして別の部屋へ連れて行かれ、この棚に置いてあるラジオ全部の性能の概略を書き出せば、始末書を書いて家へ帰っても良いとのことです。
メーカー製の立派なものから、私が作ったケース無しのジャンクもの等、15台位はあったと思います。私は舶来らしきラジオからシャーシー引っ張り出して調べ始めました。
ところがこの米国製らしきラジオには、真空管が無いのです。黒い変なものが真空管の場所に挿入されております。アァ これが多分メタルチューブかなと思いました。オドロキです。
日本には未だ無い金属製の真空管(メタルチューブ)が使われていたのでした。ガラスの真空管でも米国のは形が違いスマートなんです。どうも米国の科学が数段進んでいるのだと思いました。
夜8時ころ叔父が迎えにきて帰りましたが、ナント特攻の課長から自分のラジオと好きなもの1台だけ(メタルチューブのは駄目)お土産に呉れると言うのです。正直迷いましたがUSAのゼニスというのを貰って返りました。
ただし、絶対に秘密、絶対に人に見せない条件付です。そして確り勉強しろと言うのです。
管理人
天一天上の男 AQS氏は平成16年4月21日永眠されました。享年79歳でした。
ここに謹んでお悔やみ申し上げます。
この遺稿は御遺族の方のご了解をいただき掲載するものです。