終戦記念日に思う
2003.8.18
アラマドロン
毎年終戦(敗戦)記念日を堺に第二次世界大戦の経過が報道される。
小生、これまで、お盆ともなるといろいろ行事があってテレビを見ることが少なかった。
しかし、この度は比較的ゆっくり見ることができ、戦争について深く考えさせられた。
戦争とはいったい何なのか。何故戦争が起こるのか。 北朝鮮人だったか、アラブ人だったか「もしも中間が一人殺されたら10人殺してやる」と意気込んでいた人がいた。これでは人類あっという間に滅んでしまう。せめて二人殺されたら一人の報復に留めくださいとお願いしたい。(その計算でも、アメリカ人は何人死ぬことになるのかな。ブッシュを市内引き回しの上打ち首ということでご勘弁願いたい。)
報復などするべきでないと分かっていても、しかし、本人の心情としてはそうはいかないだろう。殺人の被害にあった親は犯人の極刑を望むように怨念は一生消えないと思う。戦争では多くの人が死ぬ。
終戦間際に取ったアメリカの実験的爆撃行為は実態が明らかになるにつれ許しがたい憤怒を感じた日本人も多いだろう。アメリカはいまだに劣化ウラン弾で放射能をイラクにばら撒いたそうだ。最早キチガイ沙汰としかいいようがない。
広島や長崎の原爆後遺症は7年後にようやく暴かれたそうだが、イラク戦争の目的は即刻暴かなくてはならない。
報道機関に期待するところである。